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アユタヤの歴史について

現在、ユネスコの世界遺産に「古都アユタヤ」の名前で登録されているアユタヤ遺跡は、バンコクの北方約80キロに位置します。

13世紀にタイ初の王朝、「スコータイ王朝」が誕生しあと、スコータイ王朝の衰退と並行し、14世紀ウートン王がここに王朝を築いたのが、アユタヤ王朝の始まりです。

アユタヤは、チャオプラヤー川とその支流に囲まれ、水運に恵まれた土地です。

アユタヤの中心部は、東側をバサック川、北側をムアン運河とロップリー川、西と南側をチャオプラヤー川に囲まれ、大きな島状の地形を成しています。

鉄道駅は島の外、バサック川の対岸にあることから、駅からは渡し舟を使って島部へと渡ります。

アユタヤ朝がこの地に生まれた14世紀当時、ここは「アヨータヤ」と呼ばれ、スコータイ王朝の支配下の都市国家でした。

その後、水運に恵まれたアユタヤ国は繁栄を続け、15世紀には「シャム」という名前で、カンボジアのアンコール王朝を、さらには近隣のアジアのみならずポルトガル、スペイン、オランダ、イギリス、フランスなどとも盛んに貿易をしていたようです。

国際都市としてのその名は世界中に知れ渡りました。

日本人の傭兵隊長、山田長政が活躍したのもこの頃です。

しかし18世紀になるとビルマ(現在のミャンマー)軍の攻撃によって、滅亡へと追い込まれたのです。

現在、「古都アユタヤ」として世界遺産に登録されている「「アユタヤの歴史上の町と関連の歴史上の町」の公園内には次の遺跡があります。

・王宮
・ワット・プラシーサンペット
・ウィハーン・プラモンコンボーピット
・ワット・ウォーラチェーターラーム
・ワット・ローカヤスター
・ワット・ラーチャブーラナ
・ワット・マハータート
・ワット・プララーム
・ワット・ウボーソット

どこから歩いたらいいのでしょうか?

まずは、最も重要なワット・プラシーサンペットからでしょう。

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